聞いてほしいこと
第1008話 私は親不孝者です
おはようございます。
皆さん、今日もお元気ですか。元気な気持ちは、健康の源です。今日も一日、張り切って楽しく過ごしましょう。
私は昨日から、ベトナムのホーチミン市にいます。ホーチミン市は、日本とは違っていつも真夏のように暖かいです。真冬の日本とは大違いです。
私は昨日、朝4時に起きて、5時に家を出ました。家の外は真っ暗で、私の車のガラスは真っ白に凍っていました。
家の玄関を出る時、私の母親が部屋から慌てて飛び出してきました。私がいつも同じようにホーチミンに行く時には、これまで一度もこんなに朝早くから見送ってくれたことなどありませんでした。
私は母親に、「お母さん、ベトナムに行って来るよ」と声をかけました。
私は、小さな頃から両親に反抗的な態度を取ってきました。教師だった厳しい父親にも本気で殴りかかり、何度も投げ飛ばされたこともありました。
そんな時、お母さんはいつも、私とお父さんの間に入って泣きながら止めようとしていたのを、今でも覚えています。私は柱に頭をぶつけて血だらけだったのです。
しかし、私はそれほどまでに優しいお母さんにも、ずっと反抗的でした。お母さんを突き飛ばしたり、大きな声でお母さんと何度も口論になっていました。
私のそのような反抗的な態度は、お父さんが亡くなってからも、つい最近まで続いていました。私はお母さんの前で素直になることができない親不孝な息子だったのです。
そんな酷い息子にも関わらず、お母さんはいつも私を支えてくれました。私が会社を創る時も、お母さんがお金を出してくれました。1年間、全く給与もない私のために、毎日食事を作ってくれました。そんな母さんを大切に出来ない息子は、本当に親不孝な人間です。
昨日、お母さんは私が玄関を出る時、涙を流しながら、声の出ない言葉で「また会えるよね」と言ってきたのです。お母さんは、1年前から、日本でも珍しい難病になり言葉を話すことができなくなっているのです。でも、私は身振り手振りでその言葉を理解しました。
お母さんは、今日入院し、私がベトナムから帰国する予定の前日に、大学病院で手術をします。今はもう、言葉が話せないだけでなく、食べ物を口から食べることが出来なくなっているのです。
私は本当に親不孝です。お母さんがこのようにならなければ親に優しくすることができなかったのです。私は、玄関でお母さんを抱きしめました。「大丈夫だよ」と声をかけました。私は、空港に向かうまでの間、ずっと涙が止まりませんでした。私は本当に親不孝者です。
私は、そのように私自身に言い聞かせています。
感謝。2011年12月19日