仕事の進め方
第687話 文の書き方と自分の考え方
おはようございます。
私は毎朝この朝礼を書いていますが、一つだけ心がけていることがあります。
それは、できるだけ文を短くし、中学生にも判るような表現を使うようにしていることです。
私は、毎日多くのメールを見ていますが、中には、とても判りにくい表現や、誤解されそうな文章を見かけることがあります。
私が、できるだけ文を短くし、中学生にも判るような表現を使う理由は、自分の意見を言うことの訓練になるからです。
人間は、自分の意見を言う時に、強い主張をしようとすればするほど、自分の考えがしっかりとまとまっていなければなりません。もし、自分の考えや、意思が固くまとまっていれば、意見を述べることなどそれほど難しいことではないのです。
好きだ、嫌いだというような感情表現に近い意見であるならば、小学生にでも簡単にできるのです。しかし、それを論理的に説明しようとすると、日ごろから意識して訓練していないと簡単にはできません。
このことは海外に来て、自分の考えを通訳の人を通じて、相手に伝えようとする時に、簡単に表れます。
通訳を使った人がない人ほど、話が長くなってしまうのです。これでは、通訳をする人のほうも大変です。何を言いたいのかがまとまっていないのですから、正しく通訳できなくなってしまうのです。
これと同様に、似たようなことはメールにも表れます。できるだけ相手に誤解されないようにしようと意識している人ほど、文は簡潔になります。しかし、言いたいことや伝えたいことが一杯あって、的が絞れていない人ほど、文が長くなるのです。
皆さんもできるだけ文を短くし、中学生にも判るような表現を使うようにしてみて下さい。
そして常に誤解されないように、できるだけ一つのメールには一つの事柄を書くようにして、話が拡散しないようにして下さい。
メールのやり取りを見ていると、人の性格まで見えてくるようです。そして、メールの文が判りにくい人は、話をすると、もっと判りにくい人でもあるのです。
感謝。2010年8月25日